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メモミー

かめの走り書き

あるいは脳みそでいっぱいの布団

ここ数日家に引きこもっていた。主に寝て、亀の水槽の水換え、溜まった洗濯をしあとは布団の中でiPhoneを眺めていた。誰とも会わないのは気軽だ。そして今自分のいる場所から別の場所へ移るための準備をしている。このままここにいても、何か外堀を他人に埋めていかれそうな気がしてならないのだ。

主には仕事と(といってもバイトみたいなものだが)、自分の制作について根本的に立ち位置を変えなければならない気がするのだ。交友関係を変えたい気もする。もっと海外にも行きたい。

まだまだ知らなきゃ行けないことが多くある。それは確かだ。これから働かなきゃ行けない。それも確か。けれど意識高い先輩にこのまま引っ張られるのは違う。つか持ってくる仕事に尊敬できない。多分僕が作り手側だからだろうか、近すぎるのかもしれない。尊敬できない仕事はしたくない。きっと僕の得意なことは技術ではなくマネージメントにあるような気もする。今の僕を取り巻く環境は良くない。それを変える。

しかし金も欲しい。就職するなら(できるなら)何をすれば一番良いのだろうか。自分の最善のパフォーマンスができる場所なんだろう…それも未だにわからないのが辛いとこよね

難産な男たち

シン・ゴジラ流行っていますね。今年の四月頃から日本の特撮に興味を持ち始め、リサーチしていたのでものすごくタイムリーで(huluにはお世話になった)楽しめました。シンゴジについてはもうありとあらゆるところで語り尽くされている?ので、これまで自分が日本特撮で興味を持った話をしたいと思います。

言うまでもなく日本特撮の素晴らしさは怪獣です。そしてその怪獣をよりダイナミックに演出しているのは見事に破壊される緻密な模型であります。怪獣に蹂躙される家々、なぎ倒されるビル、折れるタワー、またこれらに付随した電柱、看板広告、公衆電話、干された布団、ゴミなど私たちの日常生活用品が一瞬にして吹き飛ぶことによって、怪獣はその存在を確かなものにさせるのであります。

そして重要なことはこれを作る人間がいるということです。数秒のワンカットがために一体どれだけの時間を費やしたのでしょう。映像の中で徹底的に壊され続ける、生み出されたリアル。でも結局破壊されてしまうのです。撮影現場で職人たちはなにを思うのでしょうか。

怪奇大作戦 第23話「呪いの壺」ではそんな職人たちの怨念が込められていると思います。この作品には二つの偽物が登場します(壺=設定上の贋作、燃える寺=特撮ミニチュア)。そして最後、壺を持った犯人が追い詰められて寺へ逃げ込んだ際のセリフ「この寺が本物か偽物か、わしの道連れやで」からも分かる通り、職人たちが偽物の現実をどれだけ愛し、どれだけ悲しんだか僕にはそう考えるほかないのです。

歴史的に特撮とは一種のエフェクトにすぎません。しかしCGがたやすく使えない時代、エフェクトも手作りだったことを僕は見逃せませんでした。シンゴジラに踏みつぶされる町は確かにリアルで、昨今のハリウッドだってvfxの見分けがつきません。しかしCGデータは復元できますが、模型はそうはいきません。必ず失われる運命にあるのです。そしてそれは現実も同じです。スケールの違いだけなのです。「人間の作ったものだけが、模型になるんだ」森博嗣の小説の中でこんなセリフがありますが、宇宙からみたら、本物の怪獣目線で見たら人の作った世界なんて模型と同じなんです。

話は長くなりますがそんな産みの苦しみには、ワケがあるような気がします。「呪いの壺」でもそうでしたがドラマの中で女が出てくるのです。男を苦しめる女が。

初代ゴジラでもその関係性はありました。芹沢博士は戦後間もない平和を守るために、元許嫁の女とその現彼氏に説得されオキシジェンデストロイヤーと共にゴジラと死にます。ですがここにも産みの苦しみが描かれているのです。戦後間もない平和とはGHQによって抑圧されていた(戦中の苦しみも含めて)偽りの平和であり、元許嫁のことを今でも想ってしまっている、現彼氏の強い正義感などへの強い贖罪から、オキシジェンデストロイヤーを生んでしまった苦しみからの解放としての死しか、彼には残っていなかったようにも思えます。

ウルトラマンエース第4話「3億年超獣出現!」でも女に狂った漫画家の男が怪獣を操り戦います。結局エースに怪獣は倒され、漫画家は家ごと爆散(泣)

女は出てきませんがウルトラマン第15話「恐怖の宇宙線ガヴァドンだってそうです。子供達の想像力が生んだ怪獣であるからこそ弱く、そして大人の生んだウルトラマンにボコボコにされてしまいます。(「ウルトラマン帰れ〜!」と叫ぶ子供たちに涙)

男は子供を作ることができません。物理的に生命を宿すことが禁じられています。そして古来から武器を作り破壊してきたのも男です。真の創造(子供を産むということ)はできないのかもしれません。それでも現実を創り出したい、現実と戦いたい、日本特撮にはこうした宿命に直面した難産な男たちの姿を見せてくれました。

 

 

京都で会った女

仕事で京都に行ってきた。

仕事言ってもまだ僕は学生で、でもこれから先なんとか食っていかなきゃならんわけで、やだなぁと思いつつも、意識高い系のパイセンに連れられて、意識高い系の現場に行ってきた。割はいいから行ったわけだけど、やっぱりストレスたまるし、1日終わって飲んでても楽しくない面子。

その仕事の企画運営してるのが今話題?(知らんかったけど)某バズらせ系女子とかなんとかよくわからんけどそんなん。で、顔はいいし芸術系の教養もあるけど話はクッソつまらん。

そういう酒飲んだらホワホワ簡単に酔っ払って、仕事できすぎて自分のブログに体調崩したとか書いてチヤホヤされて、成功してるっぽい感じの女の関西弁は本当にムカつくものなんだと経験した。

僕のことは底辺芸大生と思われているんだろうか上から目線で、正直犯そうかと思った。というかその日のオカズにしてやった。

つかおまえ仕事できてねーから展示設営計画クソ下手でセンスねーから。シコシコ…

 

暇な時間があったので誰かと呑みたくなり、そんなツイートを何気なくしたら、中学生ぶりにある女子と会うことになった。

彼女は関西に既に就職しているらしく休みの日とのことで昼間っから呑むことになったわけだ。そしてその子は僕の初恋の人でもあった。振られているけど。

小学校からの幼馴染で、よく遊んでいた。中学に上がってクラスが離れて意識するようになった。お人形みたいに可愛くて、小柄で、頭も良くて文学少女で、既にアニオタだった僕には正にヒロイン過ぎで勉強したくないけど彼女と同じ塾に入るために親を説得するぐらいぞっこんだった。恥ずかしいなぁ。

んでまぁ呑んだわけだけど久しぶりに会ったら相変わらず可愛い。化粧は濃いし、髪ウエーブ、オタクを殺す感じの服だったけど可愛い。

大学柄かこういう感じの女子がいないので、新鮮だった。山男みたいな俺と居て恥ずかしかっただろうなぁ。

呑んでいてテンションはお互い上がっていたし楽しかったけど、どうも突っ込んだ話ができなかった。中学生の頃は小説の趣味が被っていて共通言語があったけど、やっぱり時間が彼女を変えたのだろう。そりゃそうだけど。

映画やアートの話もどうもなんか噛み合わなかった。初恋の人は変わってしまったのだ。過ごしている時間軸が同じようで違うのだ。

そりゃそうだけど。さ。

 

怪奇大作戦の「呪いの壺」を思い出す。女と男、現実とジオラマ、本物と偽物の話だ。ぜひ見て欲しい。

 

故郷の夏

夏だ。やっぱり暑い。

旅行に行って、何十年ぶりに海に入った。体力には自信もあったし、泳ぎも金槌ほどでもなく普通に泳げると思っていた。

だが、足がつかない。怖い。水がしょっぱ過ぎてむせる。呼吸が苦しい。

ああ泳げないものだ。やはり海には慣れていなかった。

 

実家に帰ってきた。

駅に着くと入道雲が山々を通り越してそびえていた。

今、東京でこんな風景が見えているだろうかと考えた。あんまり見れない光景ではないだろうかと。

高校卒業までこの故郷で毎年見ていたはずの夏の空はいつしか僕の中で見慣れぬ光景に変わっていた。

しかし思い返せば夏といえばやっぱりこの空だなとも思う。

雲が低く、そして大きくそびえ立つ。自分の今立っている大地よりはるかに大きい空。そんなイメージだ。

アニメみたいだと思った。0年代アニメだ。

正しくこの空と共に過ごした僕の時間は0年代でその時見ていたのも0年代アニメだ。

自分という物語の主人公になろうと思った。

スチール棚が欲しい

というのも部屋の模様替えをしているのだが、行き場所をなくした機材たちをどうにかせねばならない。しかし棚がない。ブラウン管などもあり今後機材が増えることを予想すると鉄製の頑丈な棚でなければならない。

ネットで検索するとこんな感じ。
でもやっぱ緑色の作業感もすき。
コストは10k前後だろうか。
中古とあまり値段も変わりそうにないし、リサイクルショップ回るとしてもレンタカーだ。ジモティーにはこういう類のものはなかった。あとは学校の廃棄品を待つか…
代用できそうな棚を探すか…
ともあれ棚がないと部屋がぐちゃぐちゃのままで落ち着かないぞい!

日記をはじめる

新しい生活も始まることだし、小学生ぶりにブログを始めることにする。文章力も鍛えねばならないしね。

続くかもしれないし、続かないかもしれない。